僕にとっての東京の味、ひいては東京

以前、書いたことがあると思うのだけれど、僕は東京の大学を受験するために受験シーズンは東京に仮住まいしていた。当時、僕の父親は東京に単身赴任していたので、しばらくは父親の家に世話になっていた。それまで、僕は東京に来たことは2回あったのだけれど、いづれも3歳とか小学三年生などという子どもの頃だったので、なんというかある意味成熟してから東京に行ったのはその時が初めてだった。

新神戸から大体3時間。東京駅では僕の父親が迎えに来てくれていた。僕は空腹である旨を伝えると、ある店に連れて行ってくれた。丸ノ内線で大手町まで行き、そこから半蔵門線に乗り換えて着いた駅は神保町。東京のことを何も知らない僕にとっては名前すら知らない駅。僕は父親の後すたすたとついて行き、やけに年季の入って古びた、いやむしろボロいくらいの店構えが特徴の料理屋にたどり着いた。緑色の少し煤けた看板には「キッチン南海」という店名が書かれていた。
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色が黒くてガラが悪そうだけれどテキパキト働くねーちゃんに案内されて、僕と父親は知らない人との相席のテーブルに座る。旨い、といわれた「チキンカツ、しょうが焼き定食」を注文。キッチンではコック帽を被った3、4人の男が鍋を振るったり、揚げ物を作ったり、皿にご飯を盛ったりと忙しく働き、狭くてお世辞にも綺麗だとは言えない店内では仕事帰りのオッサンや学生たちが黙々と皿の上の揚げ物やらカレーライスやら千切りキャベツやらを片付ける。店内に置かれた13インチくらいのテレビではNHKのニュースが流れていた。ぼけーっとテレビを眺めているうちにテーブルの上に料理がやってきた。
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今食べてもやっぱり旨いなーって思うのだけれど、やっぱりファーストインパクトに並ぶものは無くて、こんなに旨いチキンカツが!しょうが焼きが!この世にあるのか!っつーくらい感動したと思う。当時は19歳だったから、コッテリ且つ味の濃いキッチン南海の料理に僕はすっかりやられてしまった。

それから僕は10年近く東京に住んでいるわけだけれども、キッチン南海はお気に入りの店だし、今ではしょっちゅうとは言わずともふた月に一度は行っていると思う。行って食うたびに初めて東京で食事した19歳のころを少しだけ思い出す。キッチン南海の味というのは僕にとって「東京の味」なのだと思う。地元の友だちとか、東京住まいじゃない人に東京ってどんなメシ屋ある?って聞かれたら僕はまず間違いなく神保町のキッチン南海を挙げるだろう。
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そして、さらに言うと、僕にとって「東京」とは渋谷の喧騒でもないし、原宿でも新宿でもなければ、池袋でもないし、そびえたつ東京タワーでもなく、安くて旨い料理屋と古本屋とちょっと気の利いた中古レコード店、楽器屋が立ち並ぶ神保町なのだ。