金をかけなくても十分幸せだ論について


おれは上野千鶴子が言うような「賃金が上がらないといっても、外食せずに家で鍋をつついて、100円レンタルのDVDを見て、ユニクロを着ていれば、十分に生きて行けるし、幸せでしょう? 」的な論*1はマジで害悪でしかないと思っていて、それは上に挙げたツイートの通り、本当に「そうせざるを得ない層」にとって呪いや抑圧の言葉にしかならないと思っているからだ。この論を突き詰めると「貧乏人は貧乏人らしく何も望まず、最低限の暮らしをしていけ。それで十分幸せだろう?」という話になると思う。っていうか、「十分幸せになれますよね」って何様なんだよ。本人にとってはそうなのかもしれないけれど、他人の幸福を勝手に手前で定義してんじゃねえよ。金が無いからできない事はたくさんある。そして貧困層の人が金が無いことを理由に断念せざることを得ないことだってたくさんあるだろう。そういう実態があるであろうことは容易に想像がつくことにも関わらず「いやー、金なくても十分やれることいっぱいあるしそれで幸せっしょ」ってお前ふざけんじゃねー、っておれは思う。生活保護で文化的な活動に金をかけることの批判(というか中傷だよ)なんかもこういう考えが根底にあると思っていて、マジでクソ以外の何物でも無い。