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『マッドマックス 怒りのデスロード』を観た

映画

いつもこいつも口を揃えて「おもしろい、おもしろい、サイコーだ」と、まるでおこぼれでも貰ってんのか、というくらい絶賛されているので観た。旧作は観たことは無いのだが、別に観ていなくても大体分かる、とのことだったので気にしないで行った。観た場所はマッドシティ死武夜の映画館。平日の昼間からこんな映画を観ようとするのはろくでもない奴ばかり、というのは相場が決まっている。ジャケットのポケットには時代遅れのS&Wを忍ばせる。今にも崩壊しそうな空と地上の狭間。路上は砂塵にまみれ、そこらじゅうに転がる死体を踏み分け、物乞いをかき分け、俺は映画館にたどり着いた。目の焦点の合っていないシアターのスタッフにチケットと引き換えにペットボトルの水と白い粉を渡す。カネ?今の時代、円もドルもユーロもただの紙切れでしかない。そんなゴミクズよりも必要なのは水と食糧と燃料だ。注射器が散乱した水の流れないトイレで小便を済ませ、客席に入る。想像通り、目つきも人相も悪いロクデナシどもが客席に溢れている。奴らのまとわりつくような視線を振り切って、俺は革が破れたシートに腰を預け、3Dメガネを装着した。目の前に広がる映像とストーリー。俺はてっきりこの作品をフィクションだと思っていたのだが、とんでもない。ただのドキュメンタリーだった。支配者と崇拝する者、そして虐げられる者。砂まみれで荒廃した土地を走り抜ける改造車、火を噴くギター、そして暴力と破壊で溢れる光景は日常に溢れている。まあ、日常の光景とはいえ、やはり映画だから多少の脚色や演出は行われている。まるで倍速再生のようにスピード感あふれるカーアクションなんかはそんじょそこらじゃなかなかお目にかかることはできないから、これにはなかなか魅せられた。そして何よりも、義憤や正義感に駆られ、支配者を裏切り、虐げられる者を救う奴らが登場する。そんな奴らはこの荒廃した世界に存在しない。俺たちは支配者に尻尾を振り続け、水と名誉を手に入れなきゃならないんだ。そして、戦い続け、戦いの中で死ななければならないんだ。こんな奴らは居やしない、バカげている。そんなことを思いながら、冷笑を浮かべ、俺は映画を観続けていたのだが、ふと頬に涙が伝うのを感じた。なんだ、これは。何を泣いているんだ俺は。フュリオサやニュークスの姿を見て、何か感じたとでもいうのか?何を考えているんだ?俺は。誰もあんな奴らになれはしない。なれはしないんだよ。俺だって、お前だって、誰だって。ぐっ、と涙をぬぐい、俺はスクリーンに視線を戻す。ストーリーは進んでいき、なんだかハッピーな感じで終わりやがった。…俺はこの文章の最初に「この映画はフィクションじゃない、ドキュメンタリーだ」と書いたが、撤回しなきゃならない。これはやはりフィクションだ。ただのおとぎ話だ。だけど、まあ最高にラブリーな映画だったことは認めてやるよ。映画鑑賞を終え、俺は少し眩暈を覚えた。やれやれ、少し血が足りないようだ。今日に限って輸血袋は置いてきた。帰って血を補給しないとな。そう思いながら、イカレた改造車に乗り込み、俺は砂塵にまみれた死武夜シティを駆け抜けた。