『桜の花になれなかった人のために』

※タイトル変更

novelcluster.hatenablog.jp

第0回以来、久しぶりに書いた。しんどい。突っ込みどころが満載だけど、どうぞ。


★★★


卯吉はめっちゃムカついていた。博多弁で言うとちかっぱい腹立っとった、といったところか。なんで、めっちゃムカつき、且つちかっぱい腹立っとったかというと、普段卯吉が読書をするために訪れていた井の頭公園が人、人、人、そして人。人しかいないような状況だったからである。たまに犬とかもいたが。卯吉は柴犬を好む。そんなことはどうでもいい。卯吉の井の頭公園、というか井の頭公園は別に卯吉のものでも何でもないのだが、卯吉は「俺の井の頭公園」だと思っているのでそう書いたのだが、それはともかく、そこは人で溢れかえっており、優雅にブックオフの100円コーナーで購入した文庫本を読むような余裕が無い。いや、人で溢れかえっているだけならばまだしも、そこに集まった彼らは頭が狂ったかのように叫び、歌い、酒を飲み、挙句の果てにはそこらじゅうに嘔吐をしまくっていた。さながら、そこは動物園であった。井の頭公園には動物園が隣接されているのだが、もはやそちらよりこちらの方が動物園よりも動物園らしさがあった。卯吉の愛する閑静とした井の頭公園がなぜこのような動物園的な状況に陥っているのか。諸悪の根源は全て咲き誇る桜にある。桜に花が咲くと、灯りに寄ってくる夏の虫のように何故か、桜の樹の下に人が寄ってきてそこで酒を飲む。居酒屋で飲もうが自宅で飲もうが桜の樹の下で飲もうがヱビスビールヱビスビールだし、大五郎は大五郎の味しかしない。しかし、日本人はそこで酒を飲む。そして、そのおかげで卯吉は井の頭公園での読書タイムが損なわれた。人まみれだしうるさいし、読書に集中できないどころか、読書をするスペースは皆無。いつも座っているお気に入りのベンチは今やゲロまみれである。ホンマムカつく、どこで飲んでも酒は同じ味しかせんやろがボケが、俺の大事な読書タイムを横取りするな、と卯吉は思ったのだが、それを言うならば、井の頭公園で「罪と罰」を読もうが、自宅で「罪と罰」を読もうが、結局のところ同じ「罪と罰」なので、お前、それはちょっと違うだろう、と常人ならば思うのだが、卯吉は阿呆なのでそんなことには気が付かない。ちなみに、「罪と罰」を卯吉は読んだことがあるのだが阿呆なのでイマイチ、というかビタイチ理解できなかった。それはともかく、卯吉は井の頭公園での優雅な読書タイムを取り戻すために決心した。「こいつら全員ぶっ殺す」

井の頭公園の桜の樹の下で酒を飲んでいる連中を全員ぶっ殺すにはそれなりの計画が必要である、というのは阿呆の卯吉でも理解できていた。しかしながら、阿呆なのでその計画が立てられない。卯吉は包丁振り回すくらいしか頭が回らなかった。そんなことでは到底全員ぶっ殺すことなどできない。そこで、井の頭公園全員ぶっ殺し計画を成功に導くため、九ちゃんに相談した。九ちゃんというのは気が狂っている人間であり、且つ卯吉の唯一の友人である。卯吉が「井の頭公園で酒を飲んでる連中を全員ぶっ殺したい」と相談したところ、常人であればすぐさま制止するものであるが、九ちゃんは気が狂っているので「よっしゃ、うっちゃんがそこまで言うなら全員ぶっ殺すの手伝うわ」とすぐに話に乗っかった。言うまでもないがうっちゃんというのは卯吉のニックネームである。しかしながら、九ちゃんも卯吉と同じくらい阿呆である。普通1+1は2になるが、彼らはマイナス1同士なので足すとマイナス2になる。そんなわけでロクな案が出てこない。そこで飲まれるすべての酒に毒を仕込むなどといった、包丁を振り回すのとさして変わらぬ案しか出てこない。その他、局地的かつ人工的に井の頭公園で直下型地震を発生させる、ロシアよりトカレフを購入し乱射する、北朝鮮と交渉しテポドンをブチ込む、といったあまり現実的ではない案が出てきたりもした。卯吉は泣いた。「これじゃ、全員ぶっ殺せへん。井の頭公園で本読めへん。おーん、おーん。」と。九ちゃんも泣いた。「うっちゃんが可哀そうや。なんであいつらのせいでうっちゃんが本読めなくなってまうねん。うっちゃんの井の頭公園やのに。ぶひゃぇぇぇん。」さっきも書いたけれど、井の頭公園は卯吉のものではない。

ひとしきり泣いた二人は頭がクリアーになったのか、先ほどよりマトモっぽい意見が出た。それはトラックで公園内に突っ込んで全員ひき殺す、という案だった。しかしながら九ちゃんの「なんか二番煎じっぽい気がする。」という意見により却下されてしまったので、いよいよ煮詰まった。阿呆の二人がうーんうーんと唸りながらアイディアを絞り出そうとするが、全くうまくいかない。仕方がないので今日のところは諦めて、酒を飲むことにした。発泡酒と大五郎である。ツマミは無い。延々と二人で酒を飲む。のむ。のむ。飲んでいる中、唐突に「俺、思うんやけど、やっぱ包丁振り回すことにするわ」と卯吉が赤い顔で言った。「せやけど、そんなんやと全員ぶっ殺せへんで」とこれまた赤い顔の九ちゃん。「いや、なんかもう全員ぶっ殺せへんでもええ気がしてきた。5、6人ぶっ殺したら、怖くなって人寄りつかんようになるんちゃうかなあ。」「うっちゃん。それや。頭ええなあー。」「俺もこういう時あんねんや。」「いや、ほんま感心するわ。」「はは、そんな褒めんなや。」以上、気が狂った会話である。

かくして、卯吉と九ちゃんは包丁を振り回して、井の頭公園の桜の樹の下で酒を飲んでいる連中を全員ではなく、それなりにぶっ殺すことにした。阿呆である。「ぶっ殺す♪ぶっ殺す♪包丁刺してぶっ殺す♪」といった頭が狂ったような歌を歌いながら二人は酒を飲んだ。

しかし、翌日大事件が起きた。何者かにより、井の頭公園の桜の樹がすべて燃やされたのである。当然ながら花もすべて燃えた。そして、桜の樹の下で繰り広げられていた動物園も閉園、井の頭公園には人が誰もいない状態となっていた。この状況を見て二人は愕然した。普通に考えれば、この事件のおかげで人がいなくなったため、卯吉の優雅な読書タイムは取り戻されたと判断するが、二人はそちらよりも「ぶっ殺す」というモチベーションの方が高まっており、やり場のない気持ちが溢れまくっていた。目的を果たすための行為自体が目的にすり替わる、というのは良くある話である。しかしながら、ぶっ殺す人が居なければぶっ殺すという行為は成り立たない。

「…九ちゃん。桜の樹の下に人を埋めたら綺麗な花が咲くって話知ってるか?」「いや、知らん。」「そういうもんらしいねん。俺これでも本読んでるから知ってるねん。綺麗な花が咲いている桜の樹の下には人が埋まってるらしいんや」「ほうか。」「一緒に埋まらへんか?」「ど、どういうこっちゃ。」「俺らが桜の樹の下に埋まって、綺麗な花を咲かすねん。そしたら、また人いっぱいくるんちゃうか?」「それはそうやな。」「ほんでな、人がいっぱい来たら土から出てきてそこに来た人らぶっ殺すねん」「うっちゃん。それや。頭ええなあー。」「俺もこういう時あんねんや。」「いや、ほんま感心するわ。」「はは、そんな褒めんなや。」前日と同じような、全くもって気が狂った会話である。

かくして、綺麗な花を咲かせるために二人は桜の樹の下に埋まることとなった。まず、九ちゃんが桜の樹の下にスコップで大きな穴を開け、卯吉がそこに埋まった。「ほな、またな」と言って卯吉は桜の樹の下に埋まり、九ちゃんがそこに土を被せた。さて、九ちゃんも自分が埋まるために桜の樹の下に穴を掘ったものの、ここで気が付いた。自分に土を被せてくれる人が居ない。いつものように井の頭公園が酒を飲んでいる人たちでいっぱいなら、あ、すんません、ちょっと土被せてもらってええですか、と言えるのだが、今の井の頭公園には桜の焼け跡しかないため、そんな頼みごとをするような人が一人もいない。卯吉を掘り返して、ごめん、ちょっと土被せてもらえる?と言っても良かったのだが、もう一回掘り起こすのめんどくさいなー、と九ちゃんは思った。仕方がないので、自分が埋まることはあきらめて「うっちゃん、桜咲いたら一緒にぶっ殺そうな」と言って家に帰って、発泡酒を飲んだ。

翌年。この年も桜の季節がやってきた。あちこちの公園では桜が咲き誇り、例年と同じくその樹の下では動物園のような様相が繰り広げられていた。それでは卯吉が埋まった井の頭公園の桜の樹に綺麗な花が咲いたかというと、そんなのは咲くわけがなかった。死んだ樹に花は咲かない。そして、人は死んだ樹の下で寄ってたかって酒を飲まない。だから、九ちゃんも井の頭公園に人をぶっ殺しにやってこなかった。というか、もはや一年経ったので九ちゃんがモチベーションを保っていたとは思えないし、それならまだしも、そんなことは忘れていたのかもしれない。九ちゃんは一人で隅田川の桜の樹の下で発泡酒を飲んでいた。その桜はとても綺麗に花を咲かせていた。多分、人は埋まっていない。