読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

割とどうでもいい人との別れ

雑文

会社へ行く通勤中に通りかかる公園にホームレスのおっちゃんが住みついていた。最近いなくなった。死んだのかもしれないし、どこか別のところに引っ越したのかもしれない。ただ、別にそのおっちゃんが死のうが、どこかに引っ越そうが、僕にとっては至極どうでもいいことだ。

子どもの頃、ジョンという犬を連れて散歩しているおっちゃんがいた。今思うとジョンってすごくベタな名前だなあ。それはいいとして、いつからかそのおっちゃんがジョンを連れずに一人で散歩していることが多くなった。それから数年経って、そのおっちゃんも見かけなくなった。ジョンもおっちゃんも死んだのだろう。ジョンの頭を撫でたこともあるし、おっちゃんとも喋ったことはあるのだけれど、とても親しいわけでもないし、その一匹と一人が僕の人生に何かしらの影響を与えたかというと、そんなことはない。

僕の実家の近所に肉屋があって、学校の帰りとか塾の帰りとかでコロッケやらメンチカツやらを買い食いしていた。そこは夫婦で営んでいる店で常におっちゃんおばちゃんが店に立っていた。けど、去年か一昨年くらいの実家に帰ったタイミングで久しぶりにその肉屋に行ってみたら、おばちゃんの方がいなくて、おっちゃん一人で店を切り盛りしてた。たまたまその日はいなかったのか、それとは体調を崩したのか、はたまた離婚したのか、死んだのか。とはいえ、やはりどうでもいい。

僕の人生にとってどうでもよくない人というのは少なくないと思う。そこからいなくなったら悲しかったりするような人とか。ただ、よくよく考えてみると僕の知っている人の中だとほとんどの人がどうでもいい人だ。仕事の取引先の人だったり、良く行くお店の人だったり、同じマンションに住んでいる人とか、その他色々。素性も知らないけど、存在だけ知っているような、そういう人。当たり前だけれど、相手にとっては僕という人間もどうでもいい奴だと思う。そういう人が一人や二人いなくなってもどうでもいい。その瞬間に僕の人生が何一つ変わるわけじゃないし、その人が居つづけたとしても、僕の未来は多分変わらないと思う。なんというか、パーソナルな人間関係の外にいる人たち、とでも言えばいいのかな。言い方を変えると「モブキャラ」みたいなものだろう。もちろん、そういうモブキャラの人たちにもそれぞれ人生はあって、別の人にとってその人がモブキャラじゃない場合もあるだろうけれど。

ただ、なんだろうなー。そういう人達というのは風景の一部というか。なんか、街角にあって親しみのある建物とかが無くなったりすると結構さみしかったりするじゃないですか。行ったことが無かったり、思い入れのない店だったけれど、つぶれたりするとなんとなく「あー」って思ったりするじゃないですか。じゃないですか、なんて書いてみたけど、他の人はどうかは知らんな。少なくとも僕はするんだけど、なんというか、そんな感じ。