町田康『告白』を再読する

人生においてその人にとって読むべき本、というのはなかなか出会うことは出来ない。色々読んでいても感動したりすることはあるものの「これに出会うために読書をしてきたんだっ!」と思えて、体中に電撃が走るような、震えるような読書体験をすることはあまりない。皆さんはありますか?俺はあります。それがこの町田康の『告白』です。

告白 (中公文庫)

この作品を読むまでも町田康は好きでして、単行本買ったりしていたんだけれど、この本を読んだことによって、自分にとって特別な作家になったといえる。で、この『告白』以降の作品も相変わらず追っかけているわけだけれど、やはりこの作品が一番好きである。ただ、この作品は単行本にして700ページ弱となかなかボーリューミーなので、読み返そう読み返そう、と思ってもなかなか重い腰が上がらない。他にも積読が沢山あるので後回しにしがち。だけれど、久しぶりに読んでみようかなあ、と不意に思ったので、読み返した。2日で一気に読み返す。そんで、読み終えて思ったんだけれど、一気に読んだほうがこの作品を楽しむことができる。そして、やっぱり今までの読書経験を振り返っても3本の指に入る作品だと再確認した。


★★★★★


この作品のモチーフは「河内十人斬り」という実際に発生した事件をモチーフとしている。この事件は現在では盆踊りのスタンダードとしても知られており、当の町田氏もこの盆踊りからこの事件のことを知ったそうだ。

主人公の熊太郎はホントにどうしようもない人間だ。酒と博打に溺れ、それを変えようかなー、変えなあかんわなー、と思いながらも、行動に起こさず、どうにもこうにも自堕落な人間。かといって、本物の任侠になるような度量も気力もないニートのようなもの。作品の中の言葉を借りるのであれば、まさに「あかんではないか」といったところである。

しかし、なぜだか俺はこの熊太郎に共感を覚えてしまう。というのも彼は決定的に不器用なところがあり、それは「渦巻く思考を言葉としてうまく表現することが出来ない」という部分である。コレに関しては俺だけではなく、現代人の誰しもが普遍的に感じることではないだろうか。うまいこと思考を言葉にすることができず、それが軋轢を生み、それにより自分がどんどんと嫌になる、という負のスパイラル。思考と言葉を一致させることができない。多くの人はそれによって、所謂「にっちもさっちもいかない状態」になることはないかもしれないが、熊太郎はそれによってドツボにハマって人生を生きていくことになる。言い訳を正確に説明することも出来ず、うまいこと金をだまし取られ、酒に溺れる羽目になり、果ては間男に嫁を寝取られる。


ネタバレになってしまうけれど、熊太郎は最後の最後に、自分の本当の心の奥底にあるものを見つけようとして、そしてそれを形にしようとする。まさに「告白」しようとする。そして、その告白のシーンが以下の引用。

熊太郎は空に向かい、涙を流して言った。
「すんませんでした。全部嘘でした」
そういうと熊太郎は右足に力を入れ、胸に銃口をあて、右足指を引き金にかけ、
南無阿弥陀仏」と唱えた。
しかし熊太郎は引き金を引かなかった。
暫くの間、熊太郎はそのままじっとしていたが、やがて引き金から足を離してつぶやいた。
「まだ、ほんまのこと言うてへん気がする」


(中略)


早くしなければならない。
そう思った熊太郎はもう一度引き金に足指をかけ、本当の本当の本当のところの自分の思いを自分の心の奥底に探った。
曠野であった。
なんらの言葉もなかった。
なんらの思いもなかった。
なにひとつ出てこなかった。
ただ涙があふれるばかりだった。
熊太郎の口から息のような声が洩れた。
「あかんかった」

俺はこの「告白」のシーンが初めて読んだ時からずーっと印象に残っている。そして、これをどう受け止めたか、それを告白しようとするがうまくいかない。探ってみてもうまくいかない。もしかしたら、結局「曠野であった。」なのかもしれない。「あかんかった」かもしれない。生きていく意味だとかを考えたり、自分探しとかをしている人もいるでしょう。そういう人たちにとって、この一説はどういう風に響くだろうか?


この作品の大きなテーマが「人はなぜ人を殺すのか」というものである。現在、殺人事件が発生した場合、我々は「キチガイだからだ」「これこれこういう恨みがあったからだ」などという表面的な部分でしか物事を見ない。いや、実際に起ったこととしては深い部分を見るのかもしれないが、殺人者の中にある「思弁」、殺人に至る諸々、それを垣間見ることはできない。もちろん、ミステリー小説などを読むことによって、殺人に至る過程や考えをフィクションではあるものの知ることはできる。そして、この『告白』もフィクションではあるが、思弁に溢れまくったその描写により、読み手は「人はなぜ人を殺すのか」という人間にとって大きな謎である、そのテーマに一歩踏み込むことができるんじゃないだろうか。


思いテーマを扱う本作ではあるが決して親しみにくい作品、というわけではない。「空からにゅうめんがっ」「空からにゅうめんがっ」「空からにゅうめんがっ」だったり、「ゼンマイ仕掛けの牛肉六匁くださーい」などといった超意味不明な町田節も炸裂しまくる。また、文章量はとても多いのだけれど、町田康ならではの深く思弁的で且つ、軽やかでスピード感、リズム感に溢れ狂っている文体にノレば、サクサクと読み進めることができる。相変わらず、意味があるのか無いのか、必要性があるのか無いのか分からない描写も盛り沢山なのだけれど、それがリズム感の一端を担っていることは間違いないし、むしろそれらがなけりゃ、この作品の魅力は半減してしまうだろう。

読んだことがない人は是非読んでみてください。


★★★★★


ちなみに、俺が持っているのはサイン本。神保町をフラーっと歩いていたら、三省堂書店でたまたまサイン会やっていたので、予約とかはしていなかったんだけれど、飛び込み参加OKだったので、買ってサイン貰った。

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