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無駄の海を泳いでいく

http://www.flickr.com/photos/26016613@N00/44860881
photo by barkingmoose


はてなが新しくサービスをリリースする、という告知が少し前にされていた。

新ニュースアプリ「Presso」 事前登録サイト - はてなブックマーク

グノシーのような感じなのだろうか?最近、この手の情報供給サービスが増えた。そして、おそらく今後も続々とリリースされていくのではないだろうか。スマートフォンが普及した今は誰でも気軽に簡単に情報/ニュースをインプットすることが可能となっている。そして、かく言う俺もそのような情報をインプットするためのサービスはそれなりに利用している。

グノシーはリニューアル後のUIが気にいらなかったのでアンインストールしたけれど、はてなブックマークはもちろん使っているし、twitterでも音楽、スポーツ、経済、IT、ガジェットetcの情報をツイートするアカウントをいくつかフォローしている。Flip Boardも使うし、例のはてながリリースするサービスにも事前登録しておいた。色んなブログやサイトをRSS登録している。アンテナはそれほど高くないけれど、それなりにインプットはしている。



さて。そういう情報インプットの機会が多い中で最近、しばしば「情報ダイエット」というものを目にする。これはインプットの量を減らして、必要最低限な情報だけをインプットしようという、所謂「断捨離」にも似た考え方だ。無駄なものは削ぎ落し、すっきりシンプルに生きる。それを身の回りのモノだけではなく、アタマの中も、という感じだろうか?

そういう考え方も俺はアリだと思う。インプットしすぎる弊害もあるだろう。インプットする機会が多すぎて知らなくても良い事を知ったり、宜しくない思想・偏見(ネトウヨなど)に染まってしまうというケースもあるとは思う。他人の知らないクソブログに書かれていることにムカムカすることも増える。スマホとにらめっこする時間が増えて、他の事がおざなりになってしまう。そういったマイナスに目を向けて、なるべくインプットは必要最低限にしよう。うん。わかる。無駄は良くないよね。



だけど、無駄なもの、ジャンクなもの、必要のないものを取り入れることもそれはそれで重要なことだと俺は思う。思えば、今の俺はたくさんの「無駄なこと」を体に、アタマに取り入れることに成り立っている。突き詰めれば音楽を聴くことだって無駄だし、アニメを見ることだって無駄、漫画を読むことだって無駄、ゲームをすることだって無駄、金にならないブログを書くことだって無駄。だけど、そういうたくさんの無駄を摂取することによって、今の俺は形成されているし、それらの無駄のおかげで友達になれた人だっている。それらの無駄がなければ、きっとすごくつまらない人間になっていたと思う。

例を挙げる。年上の従兄がいるんだけれど、彼の両親(つまり俺から見れば叔父叔母)は厳格、というか変わった人で、息子に無駄を許さなかった。ゲームも許さなかったし、漫画も朝日新聞四コマ漫画だけ、ポップミュージックも多分聴いていなかっただろう。無駄にまみれた俺とは大違いで、無駄な事は一切摂取してこなかった。ただ、必要な事を多く摂取したおかげで、勉強はよくできたし、それなりの学歴も積み重ねた。

ただ、無駄な事を何一つ摂取してきていない彼に対して、全く人間的な魅力を感じることができかったし、今もできない。端的に言うとめちゃくちゃつまらない。




無駄な情報のインプットの話に戻そう。たしかにインプットしすぎることによる弊害もあるだろう。そこはそれなりにバランスを取る必要があると思う。だけど、必要な情報、有用な情報だけをインプットするんじゃなくて、不必要な情報や無駄と思える情報もほどよくインプットしたほうが良い。そこから広がる「何か」というのは確実にあるだろうし、もしかしたら今後の人生に関わってくるかもしれない。というか、人が何か変わるきっかけや交友関係が広がるきっかけなんて、最初は無駄と思えるインプットをしたことによるケースが多いのではないだろうか?



無駄が無いとつまらない。